U-17日本代表選手の現在
(2001年トリニダード・トバゴ大会)


J−SPORTSの元川悦子さんコラム『「お前らは消えていく」。荒療治で若年層を鍛え直す森山佳郎U−15日本代表監督』にインスパイアされて、U-17日本代表からフル代表まで実際どのくらい生き残っているのか、過去の招集メンバーの現在を調べてみました。

2001年トリニダードトバゴ大会から2013年UAE大会までの7大会をまったりアップしていきます。

 

 

今回は2001年・トリニダードトバゴ大会。
生年月日1984/1/1以降の選手が対象で、主に84年・85年組、現在30〜31歳ぐらいですね。


小野伸二・稲本潤一・高原直泰らを擁した1995年エクアドル大会組以来3大会ぶりの本戦出場。予選リーグ・初戦でアメリカに勝利したものの、その後最終的に準優勝するナイジェリア、優勝するフランスに大敗し敗退となりました。(当時フジテレビで放送してましたが、フランスには一時期リバプールにいたル・タレクやシナマ・ボンゴルがいました)

監督は、現在日本サッカー協会副会長の田嶋幸三さんです。

 

()は当時の所属。太字はフル代表選出(候補含む)

1  徳重 健太(国見高)→ヴィッセル神戸
2  青木 良太(市立船橋高)→ザスパクサツ群馬
3  大井 健太郎(藤枝東高)→アルビレックス新潟
4  久場 政朋(桐光学園高)→引退(東京ヴェルディ)
5  福王 忠世(セレッソ大阪ユース)→藤枝MYFC(C大阪・熊本など)
6  根占 真伍(東京ヴェルディユース)→チャーチル・ブラザーズ(インド)(東京V・横浜FCなど)
7  菊地 直哉(清水商高)→アルビレックス新潟
8  成岡  翔(藤枝東高)→アルビレックス新潟
9  茂木 弘人(聖光学院高)→福島ユナイテッドFC(広島・神戸)
10 工藤 浩平(ジェフ市原ユース)→サンフレッチェ広島
11 阿部 祐大朗(桐蔭学園高)→引退(横浜FM・山形・鳥取)
12 小川 久範(アビスパ福岡U-18)→引退(アビスパ福岡)
13 北野  翔(横浜F・マリノスユース)→引退(横浜FM・神戸など)
14 平林 輝良寛(名古屋グランパスU18)→レノファ山口
15 矢野 貴章(浜名高)→名古屋グランパス
16 藤本 淳吾(桐光学園高)→横浜F・マリノス
17 高山 純一(清水エスパルスユース)→不明(筑波大)
18 木村 敦志(ガンバ大阪ユース)→引退(ガンバ大阪)
19 杉山 浩太(清水エスパルスユース)→清水エスパルス
20 大沢 朋也(帝京高)→カマタマーレ讃岐
21 加藤 順大(浦和レッズユース)→大宮アルディージャ

 

U-17代表選手の所属チームが、高体連からJユースへ急速に移り変わっていった中で、最も均衡していたのがこの世代でした。年少組の85年生まれが一人もいないのも、当時の特徴。

 

 

フル代表招集経験者は3名/21名。
これを多いととるか少ないととるかは微妙なところ。

ワールドカップ出場を出世とするならば、当時サブだった矢野貴章が最も出世するとは思いもよりませんでした。(上記フランス戦で一矢報いたのはこの矢野でしたが)

 

キャリアも晩年にさしかかり引退の文字もありますが、J3やインド、Fリーグなど選手の一生が垣間見えるような気がして感慨深いですね。

 

 

この世代の主なフル代表
※()は当時の所属
長谷部 誠  84.01.18 フランクフルト(藤枝東高)
石原 直樹  84.08.14 浦和レッズ(高崎経済大附高)
本田 拓也  85.04.17 清水エスパルス(桐光学園高)
伊野波 雅彦 85.08.28 ジュビロ磐田(鹿児島実高)
水本 裕貴  85.09.12 サンフレッチェ広島(三重高)
豊田 陽平  85.04.11 サガン鳥栖(星稜高)
李 忠成   85.12.19 浦和レッズ(FC東京U-18)

 

フル代表キャプテンの長谷部誠がこの世代の対象ですが、藤枝東高時代は、このU-17代表に選ばれていた一つ下の成岡が中心でした。

84年組はそもそも代表招集者の数が少ないのですが、石原直樹はブラジルワールドカップ直前のピックアップ合宿に呼ばれましたね。歳を重ねた上でのフル代表選出、素晴らしいです。

 

それでは。

 

 


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