U-17日本代表選手の現在
(2005年ペルー大会)


J−SPORTSの元川悦子さんのコラム『「お前らは消えていく」。荒療治で若年層を鍛え直す森山佳郎U−15日本代表監督』にインスパイアされて、U-17日本代表からフル代表まで実際どのくらい生き残っているのか、過去の招集メンバーの現在を調べてみました。

2001年トリニダード・トバゴ大会から2013年UAE大会までの7大会をまったりアップしていきます。

 

 

今回は2005年・ペルー大会。
生年月日1988/1/1以降の選手が対象で、主に88年・89年組、現在26〜27歳ぐらいですね。


U-17世界選手権の予選となるAFCU-17選手権(年齢はU-16)は日本開催でしたが(Jヴィレッジや静岡など)、伏兵タイに敗れ、北朝鮮・中国の後塵を喫し予選リーグ敗退。2大会連続で世界への切符を逃しました。そのため、メンバーはU-16代表当時のものになります。

監督は、元市立船橋高校監督で現在ファジアーノ岡山コーチの布啓一郎さんです。

 

()は当時の所属。太字はフル代表選出(候補含む)

1  長谷川 徹(名古屋グランパスU18)→徳島ヴォルティス
2  松井 陽佑(岐阜工高)→不明
3  植田 龍仁朗(ガンバ大阪ユース)→ファジアーノ岡山
4  吉本 一謙(FC東京U-18)→FC東京
5  青山  隼(名古屋グランパスU18)→徳島ヴォルティス
6  渡邉 昌成(ジュビロ磐田ユース)→競艇選手
7  鈴木 達矢(川崎フロンターレU-18)→引退(川崎フロンターレ)
8  内田 篤人(清水東高)→シャルケ
9  堂柿 龍一(関西学院高)→引退(セレッソ大阪)
10 小澤 竜己(青森山田高)→Gwardia Koszalin(ポーランド)(FC東京、鳥取、秋田など)
11 喜山 康平(東京ヴェルディユース)→松本山雅FC
12 金子 拓也(ジェフ市原ユース)→逝去(順天堂大)
13 大島 嵩弘(柏レイソルユース)
→AC長野パルセイロ
14 倉田  秋(ガンバ大阪ユース)→ガンバ大阪
15 伊藤  翔(中京大中京高)→横浜F・マリノス
16 中島 良輔(ジュビロ磐田ユース)→引退(ジュビロ磐田)
17 森村 昂太(FC東京U-18)→アビスパ福岡
18 権田 修一(FC東京U-18)→FC東京
19 中野 遼太郎(FC東京U-18)→BFC.Daugavpils(グルジア)
20 平繁 龍一(サンフレッチェ広島ユース)→ロアッソ熊本
バックアップ
   川原 隆広(佐賀東高)→不明(同志社大)

 

フル代表招集経験者は2名/21名。

何と言ってもメジャーどころは内田篤人ですが、彼を輩出した「早生まれセレクション」(1〜3月生まれは同学年で身体的成熟が遅いため、埋もれやすい)や「ストライカーキャンプ」など、すでに廃止されてしまったものの育成上とても興味深い取り組みが行われていたのもこの時期でした。当時内田は、右サイドハーフの選手でしたね。

小澤や中野のように、東欧のクラブでプレーをする選手もおり、そういう意味での「海外組」が一般化したのもこの世代からかもしれません。競艇選手がいるというのもおもしろいですね。バリバリのエリートだった喜山が、松本山雅でようやくJ1にたどり着いたというのも感慨深いです。

 

 

この世代の主なフル代表
※()は当時の所属
遠藤  康 88.04.07  鹿島アントラーズ(塩釜FCユース)
森本 貴幸 88.05.07 ジェフ千葉(東京ヴェルディ)
乾  貴士 88.06.02 フランクフルト(野洲高)
吉田 麻也 88.08.24 サウサンプトン(名古屋グランパスU18)
藤春 廣輝 88.11.28 ガンバ大阪(東海大仰星高)
塩谷  司 88.12.05 サンフレッチェ広島(徳島商高)
山田 大記 88.12.27 ボーフム(藤枝東高)
永井 謙佑 89.03.05 名古屋グランパス(九州国際大付高)
香川 真司 89.03.17 ドルトムント(FCみやぎバルセロナ)
清武 弘嗣 89.11.12 ハノーファー(大分トリニータU-18)
川又 堅碁 89.10.14 名古屋グランパス(小松高)

 

森本は当時すでにJデビューを果たしていたため、この代表の招集は見送られた格好でした。香川真司が陽の目を浴びるのはもう少し先の話。

ロンドン五輪の最年長世代ということもあり、まさに今フル代表に食い込んできている世代ですね。永井、山田、藤春、塩谷と大学経由で芽が出た選手が増えてきたのも一つの特徴です。

 

それでは。

 

 


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