U-17日本代表選手の現在
(2003年フィンランド大会)


J−SPORTSの元川悦子さんのコラム『「お前らは消えていく」。荒療治で若年層を鍛え直す森山佳郎U−15日本代表監督』にインスパイアされて、U-17日本代表からフル代表まで実際どのくらい生き残っているのか、過去の招集メンバーの現在を調べてみました。

2001年トリニダード・トバゴ大会から2013年UAE大会までの7大会をまったりアップしていきます(予定笑)

 

 

今回は2003年・フィンランド大会。
生年月日1986/1/1以降の選手が対象で、主に86年・87年組、現在28〜29歳ぐらいですね。


2002年UAEで行われたU-16アジア選手権では、予選リーグでウズベキスタンやカタールなどに敗れ、最下位で敗退。そのため、メンバーはU-16代表当時のものになります。

監督は、その後U-14エリートプログラムやJFAアカデミー熊本宇城などで監督を務められた須藤茂光さんです。

 

()は当時の所属。太字はフル代表選出(候補含む)

1  八田 直樹(ジュビロ磐田ユース)→ジュビロ磐田
3  新井 隆法(前橋育英高)→不明(法政大)
4  長原 克弥(藤枝東高)→不明
5  丹羽 大輝(ガンバ大阪ユース)→ガンバ大阪
6  麻生 耕平(大分高)→引退(筑波大→ソニー仙台)
7  細貝  萌(前橋育英高)→ヘルタ・ベルリン
8  高橋 良太(名古屋グランパスU18)→引退(名古屋・金沢など)
9  岡本 達也(ジュビロ磐田ユース)→磐田・水戸・鳥取など
10 山本 拓弥(鹿島アントラーズユース)→引退(鹿島・草津・鳥取)
11 藤井  貴(ジュビロ磐田ユース)→FC琉球(磐田・長野など)
12 佐藤 昭大(サンフレッチェ広島ユース)→鹿島アントラーズ
14 上田 康太(ジュビロ磐田ユース)→ジュビロ磐田
15 森  勇貴(ガンバ大阪ユース)→不明(関西大)
16 髙萩 洋次郎(サンフレッチェ広島ユース)→シドニー・ユナイテッド
17 前田 俊介(サンフレッチェ広島ユース)→コンサドーレ札幌
18 天野 貴史(横浜F・マリノスユース)→横浜F・マリノス
20 青山 直晃(前橋育英高)→ムアントン・ユナイテッド(タイ)(清水・横浜FM・甲府)
21 野本 泰崇(鹿島アントラーズユース)→アルテリーヴォ和歌山(FC岐阜)
24 髙柳 一誠(サンフレッチェ広島ユース)→ロアッソ熊本
25 永濱  優(FC東京U-18)→不明
バックアップ
   丹野 研太(FCみやぎバルセロナユース)→セレッソ大阪

 

この世代からJユースの選手が激増。とりわけちょうどこのタイミングでユースからのスカウティングを強化したサンフレッチェ・ジュビロの選手が多くを占めていました。当時、最も有名だった家長昭博の落選は、年代別代表のあり方としてちょっとした波紋を呼びました。

 

 

フル代表招集経験者は3名/21名。
前回のトリニダード・トバゴ組と同数ですが、ワールドカップ出場者はなし。

U-16代表ということもあり高校在学中に姿を消してしまった選手もいて、順調な成長の難しさを感じる結果となっています。一方で、一旦プロの苦渋を味わいながら、フル代表までたどり着いた高萩、丹羽の存在は感慨深いものが。

 

この世代の主なフル代表
※()は当時の所属
青山 敏弘 86.02.22 サンフレッチェ広島(作陽高)
森脇 良太 86.04.06 浦和レッズ(広島ユース)
岡崎 慎司 86.04.16 マインツ(滝川第二高)
東口 順昭 86.05.12 ガンバ大阪(洛南高)
本田 圭佑 86.06.13 ミラン(星稜高)
家長 昭博 86.06.13 大宮アルディージャ(G大阪ユース)
西川 周作 86.06.18 浦和レッズ(大分U-18)
興梠 慎三 86.07.31 浦和レッズ(鵬翔高)
長友 佑都 86.09.12 インテル(東福岡高)
林  彰洋 87.05.07 サガン鳥栖(流通経済大学付属柏高)
槙野 智章 87.05.11 浦和レッズ(広島ユース)
ハーフナー マイク 87.05.20 HJKヘルシンキ(横浜FMユース)
森重 真人 87.05.21 FC東京(広島皆美高)
田中 順也 87.07.05 スポルティング(三菱養和SCユース)
太田 宏介 87.08.28 FC東京(麻布大附淵野辺高)
小林  悠 87.09.23 川崎フロンターレ(麻布大附淵野辺高)
高橋 秀人 87.10.17 FC東京(前橋商業高)
安田 理大 87.12.20 ヴィッセル神戸(G大阪ユース)
柏木 陽介 87.12.15 浦和レッズ(広島ユース)


この世代のフル代表招集経験者は、本田、長友、岡崎といった中心選手のイメージが占めていますが、そもそも数自体も非常に多いです。また、高体連出身者が多いというのも、当時の育成環境を考察する上では重要なポイントかもしれません。

 

それでは。

 

 


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